ひろしせんせーのひとりごと。

44歳の脱サラ保育士ひろしせんせーが書いています。

長男、不登校になる①~うちの長男

うちの長男は現在、17歳。

普通なら高校3年生で進路について悩んでいるころですが、長男は高校2年の3学期から不登校になりました。

 

長男は赤ちゃんの頃から臆病で、できないと思われることはしない性格でした。また心の中で「しない」「できない」「無理」と思ったことは「できなくなってしまう」という性質もあるようです。今思えば、そんな性格や性質を知って、私たち親が転ぶ前に手を貸してしまっていたのかもしれません。

 

エピソードをひとつ。

 

長男は転ぶのが怖くてなかなか自転車の練習をしたがりませんでした。私たち親も嫌なら無理にとは思っていませんでしたが、小学校に入って友達が乗っているのを見て練習してみようと思い始めました。そこで、なるべく諦めてしまわないように、転ぶ直前で支えてあげて、たくさん褒めてあげました。一応その甲斐あって、自転車には乗れるようになれました。

ところが中学2年生の頃、伊豆に旅行に行った際に、サイクルスポーツセンターというところに行きました。ここでは本格的なロードバイクが体験できるため、長男も初めてロードバイクに挑戦したのですが、コースの最初の長い下り坂で盛大に転倒してしまいました。幸い派手な擦り傷を作ったものの、身体には大きな怪我はありませんでしたが、心に大きな傷を負ってしまいました。

少し話は逸れますが、自転車に乗るには「転ぶ」というリスクがあることを覚えておかなければいけません。転ぶかもしれないから安全に運転するし、転ぶことを知っていれば起き上がることもできます。自転車に乗れるようにと思ってした私の手助けが、結局は自転車から遠ざけることになりました。

長男はそこでの転倒以来、自分から自転車に乗るのを止めました。多くの子は自転車で交通事故にあったとしても、余程の大事故でない限りはまた乗れるようになるでしょう。かくいう私も少年時代に二度ほど自転車で交通事故を起こしています。一度は車に轢かれ、もう一度は逆に高齢者を轢きました。それでも現在自転車通勤をしています。しかし長男はそれ以来、頑なに自転車に乗りません。

 

これは一つのエピソードですが、小さいころからご飯を「食べない」と決めたときは絶対に食べなかったり、学校に行かないとか宿題をしないと決めたこともありましたが、怒ったり叱ったり、気分転換をしたりして何とか乗り越えることはできました。

 

逆に、みんなと同じでいることに安心する性格でもありました。みんなが同じ時間に学校に行くから行く、みんなが部活に入るから入る、みんなが高校に行くから行く、といったように、自分の考える「普通」でいることに安心する性格なので、高校までやってこられたのだと思います。

 

とはいえ、やはり限界があったわけです。みんながしていても自分にはできないこともあります。他人にとっては苦でもないことが、長男にはがんばらなければできないことがあります。みんなと同じにしていても、長男は必死でがんばらなければいけないとすると、いつか長男のがんばりは限界を迎えてしまいます。

 

ここでもう一つエピソード。

 

長男は私たち夫婦の引っ越しと転職の関係で、保育園を2つ、幼稚園に1つ通いました。4歳の頃、幼稚園をやめて保育園に通い始めました。その登園初日、慣らし保育のため私は長男と保育園に行きました。長男は初めて行く保育園のおもちゃで楽しそうに遊び始めました。馴染むのが早いのは環境を変えることに慣れているせいかなと、私はそばで見守っていました。

やがてお昼の給食の時間になりました。他の子は先生の声でお昼の準備をし始めます。長男は登園初日なので勝手がわかりません。自分の席がどこか、どこで手を洗うのか、何を用意するのかわかりません。そこで私が「お昼だって。おもちゃを片付けて給食の準備をしよう。」と声を掛けましたが、長男はしばらくしてフリーズしてしまいました。

最初こそ私がそばにいる安心感もあり、新しいおもちゃもあり、楽しい気持ちだったのですが、給食の時間になって新しい環境に放り込まれたことに気づいたのです。どうしたらよいかわからないことがわかって、長男の容量が一気にオーバーしたのです。今の私なら気持ちを受け止めて抱きしめてあげられるのですが、若かりし私はどうしてよいかわからずに、ただただ声をかけつづけるのみで、やがて長男は堰を切ったように泣き出してしまいました。

 

大人でも子どもでも、現実を受け止めるための容量には限界があり、誰しも受け止めきれなくなることがあります。経験の少ない子どもならなおさらです。容量をオーバーするとフリーズしたりパニックになったり、大人なら鬱になったりします。長男は小学校に入ってもしばしば容量オーバーをすることがありました。ご飯を食べたくない、学校に行きたくないと訴えたときも、容量オーバーに近いときだったのだろうと思います。私はそのとき、ゆっくり休ませてあげるべきだったのか、話を聞いてあげるべきだったのか、どうするべきだったのか、今でもわかりません。

ただ言えることは、その時にできうるベストを尽くしたとしても、今起きている状況は大きくは変わらなかっただろうと思います。

 

長男は今17歳。長い人生を考えると、まだ始まったばかりです。どんな大人になるにしても、どういう人生を送っていくにせよ、いくらでもどうにでもなると思います。長男が自分らしい人生を送っていくために、私は全力で支え、共に歩んでいきたいと思っています。