ひろしせんせーのひとりごと。

44歳の脱サラ保育士ひろしせんせーが書いています。

人権について考えよう

今回は「人権」について考えていきます。

なぜ唐突にそんな話題になるかと言うと、保育士は人間を育てるという職業上、人権に対して最低限の知識を身に着けておく必要があります。ということで、私の職場では子どもの人権に関する仕事をしていた社会福祉士でもある私が、年に1回レクチャーすることになっています。そのための備忘録として記す次第です。

 

今回のひとりごとの流れは以下の通りです。

1 今回の目的

2 人権とは何か

3 人権問題の種類

4 子どもの人権問題

5 保育園における子どもの人権

6 児童虐待の種類

7 児童相談所と市区町村の機能

8 保育園における児童虐待の発見

9 近年の児童相談における課題

 

1 今回の目的

 冒頭でも述べた通り、保育園で働くことは「人間を育てる」ことです。後述しますが、人権は子どもにも認められる尊重しなければならない権利であり、また子どもであれ他人の人権を尊重しなければなりません。自分の人権を大切にする=「自分を大事に思う」ことであり、他人の人権を尊重する=「他人への思いやりをもつ」ということです。保育士は自分を大切にし、他人を思いやることのできる子どもを育てるためには、「人権を尊重する」ということの意味を、難しい言葉ではなく、優しい言葉や態度、経験の中で伝えていかなければなりません。そのためには、人権に対する正しい、そして最新の知識を備えておく必要があります。

 保育園には外国にルーツを持つ子どもや保護者、子どもたちには男女やLGBTQ差、病気や障害を持つ子どもや親がいたり、家庭には経済的格差があります。また職員の中にも、様々な背景をもった職員がいます。多様な人間が関わる保育園においては、意識しなければならない様々な人権問題があります。

 そうした人権意識をきちんと身に着けるとともに、後半では子どもの人権に対象を絞って、保育園として子どもの人権の守り方について触れたいと思います。

 

2 人権とは何か

 人権とは「人間であることに基づく普遍的権利」です。日本国憲法11条では「基本的人権」として明記されており、具体的な権利として13条で幸福追求権や21条で表現の自由などが明記されています。これらは日本国民であることに基づいて尊重されるべき「人権」です。逆に言うと、何らかの理由によってこれらの権利が不当に侵害されることが「人権問題」と言えます。そんな堅い話をしてもなかなか響かないので、最近流行りのSDGsから、なぜ人権を守らなければならないのかを見てみます。

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SDGs

 SDGsでは持続可能な開発目標として17の目標を掲げています。この中で「人権」に関わる目標がたくさんあります。

 1~3の「貧困」「飢餓」「健康と福祉」は、いわゆる経済的格差によって人間として受けられるべきサービスを受けられない状況をなくすための目標です。4は「教育権」、5は「性差」による人権侵害、8は「労働権」、10は「平等権」、16は生命、自由、安全に対する権利を目標として掲げており、17の目標のうち半分くらいは人権に関わる目標になっています。SDGsでは、誰かの犠牲の上に成り立つ開発ではなく、世界中の誰もが人権を実現し、幸せになる開発目標を掲げています。「地球に優しい」のと同じくらい、「人権問題の解決」が重要であると理解してもらいたいと思います。

 

3 人権問題の種類

 人権とは何かについて考えると学術的になってしまい、何時間もかかってしまうので、もっと簡単に人権を意識する方法として、人権問題=人権が不当に侵害されるパターンを考えたいと思います。

 先ほど、何らかの理由によって権利が不当に侵害されることが「人権問題」と言いました。もう少し簡単に言うと、世界人権宣言では「人は生まれながらに自由で尊厳と権利は平等」と書かれていることから、何らかの理由により「不自由」「尊厳が害される」「不平等」となったとき、人権問題が発生していると言えます。

 では何らかの理由とは何でしょうか。特に私たち日本人には、どんな人権問題があるでしょうか。以下の分類は私がわかりやすいようにまとめたものです。

①国籍や人種による人権問題・・・外国人、人種、皮膚の色、言語、宗教

②出身や出生による人権問題・・・同和、福島、親の出自や職業

③年齢や地位による人権問題・・・子ども、高齢者、労働者、職業

④その他の人権問題・・・貧困、病歴、障害、性別、LGBTQなど

 日本以外の国にルーツを持つ日本国籍のスポーツ選手が活躍することが多いですが、そのほとんどが肌の色や人種、言語において差別や偏見を受けています。逆に、日本以外の国籍を取得しているのに日本にルーツを持つためにノーベル賞を受賞して喜ばれるパターンもあります。これは日本という国がいかに容姿を重要視するかということ顕していると思います。

 最近ではSNSでの発言が炎上したり、過去や出自が暴かれて炎上するケースが多々あります。逆にSNSで他人を攻撃することそのものが人権侵害の場合もあり、SNS上は人権問題のオンパレードと言っても良いでしょう。

 上記のように、人権問題は見渡せばゴロゴロと落ちているものです。保育園でも少なくとも上記の人権を意識するようにしてみると、子どもたちに人権感覚を教えてあげられる機会はいくつも落ちているはずです。

岸田内閣の顔ぶれ | nippon.com

(この記事を書いている当日に岸田内閣が発足。岸田内閣の女性登用数はわずか3人。世界113位だった数年前よりさらに悪化。)

 

4 子どもの人権とは何か

 つづいて、人権問題の中でも「子ども」、特に保育園に関係する乳幼児の人権に絞って話をしたいと思います。

 まず子どもの人権を侵害する人は誰でしょうか。大きく分けると「大人」と「子ども」に分けられます。

①大人 ・・・保護者による虐待、保育士等による虐待、不審者による加害

②子ども・・・同年代によるいじめなど

 この中で、不審者対応やいじめについては、ここで語ることではなく、保育園の危機管理や保育の質に関する研修によって理解を深めていただきたいと思います。

 保育士等によるが虐待については、個人の資質のように思われがちですが、保育士が子どもに虐待をするのにもいくつかのパターンがあり、保育士同士の連携や配置の変更、危機管理やヒヤリハットの検証などでかなりの改善が見込めると考えます。また、虐待には至らないまでも、保育士が意識せずに子どもを傷つけてしまうこともあります。前半部分で人権侵害の種類について触れましたので、そのあたりに十分留意しながら保育する必要もあります。

 そのあたりについても保育士にとって大切な問題ですが、別の機会に譲り、今回は保護者による虐待について話したいと思います。

 

5 保育園における子どもの人権

 ここからは、保護者による虐待=児童虐待について話したいと思います。

 まず考えをアップデートしてもらいたいのは、よく虐待は「降って湧く」ように思われることがありますが、児童虐待の多くは「なるべくしてなる」「起こるべくして起こる」ものです。先日、園長先生向けの児童虐待に関する講演会のチラシを見ましたが、「いざというときのために」知識を身に着けておきましょうというスローガンでした。まるで「いざというとき」が突然起こるような感じがしますが、私は「いざというとき」は突然起こるのではなく、見つけ出すものだと思っています。

 経験豊富な先生であれば虐待家庭の子どもを受け持ったこともあると思いますが、大概が「言われてみれば納得」の家庭ではなかったでしょうか。虐待家庭には「虐待家庭に陥るかしれないリスク」が存在しています。そうしたリスクをどうやってみつけ、どう早めの支援をしていくかが、児童虐待防止のポイントになります。

 

6 児童虐待の種類

 虐待リスクについて語る前に、保育士資格を持っている人は勉強しているはずなのでご存じだと思いますが、児童虐待の種類について整理します。児童虐待には以下の四類型があります。

身体的虐待 殴る、蹴る、叩く、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束する など
性的虐待 子どもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触る又は触らせる、ポルノグラフィの被写体にする など
ネグレクト 家に閉じ込める、食事を与えない、ひどく不潔にする、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かない など
心理的虐待 言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:DV)、きょうだいに虐待行為を行う など

厚生労働省児童虐待の定義」より抜粋

 

7 児童相談所と市区町村の機能

 続いて、児童虐待対応の流れについて説明します。

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厚生労働省「市町村・児童相談所における相談援助活動系統図」)

 上の図はだいぶ分かりにくいとは思いますが、左上に家庭や子どもがあり、中央に市区町村があります。市区町村は保育園をはじめとする行政サービスの利用調整をして子どもや家庭を支援します。市区町村の右に児童相談所があります。児童相談所の最大にして唯一の機能は保護です。子どもを家庭から分離し、一時保護したり施設入所したりする機能があります。つまり市区町村と児童相談所の機能の違いは「支援」と「保護」と考えてよいと思います。援助方針の枠組みを作る相談支援については、どちらも行っていますし、専門性については児童相談所の方がやや強いものの、家庭との物理的な距離感からくる情報力やきめ細かい支援については市区町村の方に強みがあります。

 私個人としては、支援と保護を相談支援の両輪として虐待予防と対策をしていくのが効率的ではないかと思うので、市区町村レベルに児童相談所機能の一部を降ろすべきではないかと考えますが、それは別の話です。

 さて、児童相談所には親の意に反して子どもを一時的に保護する権能(職権保護)があります。しかし職権保護は非常に強い人権侵害でもあるため、警察の逮捕権と同様、虐待が行われたという確かな証拠のようなものがなければ、そう簡単にできるわけではありません。以下に職権保護が可能となる目安をまとめました。

①身体的虐待・・・身体的な外傷があれば虐待の認定ができますが、逆に言うと痣傷などの目に見える外傷があり、しかもその傷が虐待よって負ったものであると推定できない限り、身体的虐待で職権保護することはできません。痣傷があっても子どもがどこで受傷したか説明するのは難しい場合や、第三者から伝え聞いた情報などでは職権保護はできません。

性的虐待・・・性的虐待の被害は子どもの心理テストによって把握することができ、加害行為が明らかになれば即職権保護の対象となります。しかし子どもは性的被害をうまく説明することが出来ないことが多く、被害はあっても加害者は誰で、加害行為があるのかどうかも明確にすることは困難です。性的虐待は虐待事例のうちの数パーセントですが、最も明らかにするのが困難な虐待と言えます。

③ネグレクト・・・ネグレクトと心理的虐待は上記2つの虐待と異なり、すぐに保護しなければならない事案には当たりません。故意や過失によりネグレクトの状態になったとしても、児童相談所からの指導や行政による支援があれば改善する余地は多分にあります。したがって改善の見込みがなく保護を検討する場合でも、通常は職権ではなく合意に基づく保護を試みます。

心理的虐待・・・虐待件数の半分以上を占めるのが心理的虐待であり、多くの場合、心理的虐待だけで職権保護することはありません。私たち保育に関わる仕事をするものにとっては、怒鳴る、無視する、夫婦喧嘩をするなどは子どもの育ちに大きな悪影響を与え、虐待の連鎖を生み出す温床となると肌身で感じていますが、児童相談所の一時保護所では手が回らないのが現状です。

 児童相談所の一時保護の機能は、子どもの生命を保護するためには躊躇するべきではありませんが、一方で子どもと親に対する強い人権侵害でもあるため、安易に発動してよい機能でもありません。証拠を固め、行政の指導や支援を尽くしても救うことが出来ないと判断したときに初めて発動するものであり、児童相談所職員はそのせめぎあいの中で仕事をしていると言ってもよいと思います。

 

8 保育園における児童虐待の発見

 では、世の中から児童虐待をなくすにはどうしたらいいでしょうか。児童相談所児童虐待対応のための専門機関であり「保護」と言う強い機能を持っていますが、逆に言うと親から子を引き離す「保護」という機能しか武器がないため、児童虐待が起きた後でしか対応できない機関です。児童虐待が起きた後に対応するのでは、児童虐待をなくすことはおろか件数を減らすことも永遠にできません。警察の権力をいくら強くしても犯罪はなくならないのと同じです。児童虐待の件数を減らし、ゼロに近づけていくには、虐待が起こる前に支援していく「予防」が必要です。先ほど児童相談所と市区町村の機能のところでも触れたように、児童虐待を「支援」により対応するのは、市区町村の役割です。夜間の預かりならショートステイ、家の中を清潔に保つなら訪問ヘルプサービス、保健師医療機関を紹介したり同行受診をしたりもします。そして日中の預かりが必要なら保育園の入園調整をします。つまり、子ども福祉の一翼を担う私たち保育園は、児童虐待が起こる前に支援する取り組みができる機関なのです。

 そこで、先ほど児童虐待は起こるべくしておこるものであり、「虐待家庭に陥るかもしれないリスク」が存在すると述べたことを思い出してください。そうしたリスクが存在するなら、早期にリスクを発見し、それに対する支援をすることが児童虐待の予防につながるのではないでしょうか。

 児童相談所では、児童虐待の事案が発生した場合、社会、心理、行動、医学の4つの視点から診断(アセスメント・課題分析)をし、総合的に判定をして援助方針を決定します。「診断」というと難しい専門的な知識が必要に思えますが、単純に保育園などの関係機関から集めた情報を積み重ねていくことが社会診断や行動診断の中身です。そして援助方針の決定には多くの場合、この社会診断の情報がモノを言います。言い換えると、保育園で入手できる情報から虐待家庭への援助方針を検討することも可能なのです。

 保育園に通っているご家庭の中には、子育てが不器用なご家庭は珍しくありません。登園時間が守れない、提出物が出てこない、休みの連絡がないなど、他の家庭と比べると少し問題があると感じる家庭もあります。子どもの行動も同様です。他の子に手が出やすい、注意力が散漫、愛情不足を感じさせる行動が見られたりする子もいます。それぞれを一つとって「虐待リスク」とは言えませんが、虐待リスクは情報の積み重ねによって徐々に明らかになってきます。2つ3つ重なった場合、4つ5つ重なってきた場合は、白だった虐待リスクが薄いグレーに変わっていきます。薄いグレーが情報を集めるごとに徐々に濃いグレーに変わっていく。「虐待に陥るかもしれないリスク」はこのようにして発見していきます。

 例えるなら、ヒヤリハットを積み重ねることが、危険予測に繋がるのと同様です。日々の保育の中でエピソードを積み重ねることが虐待リスクを予測することに繋がります。したがって、子どもの個別支援計画には必ず家庭の状況やエピソードを積み重ねていくことが児童虐待予防の第一歩となります。

 

9 近年の児童相談における児童相談課題

 国は、都道府県と政令市においては設置されている児童相談所について、東京都特別区においても設置できる法改正をし、特別区中核市において児童相談所を設置するよう促しました。これを受けて令和3年4月現在4つの区で児童相談所が設置され、ほか18の区で設置に向けて検討されています。先ほども触れましたが、私は児童相談所の「保護」と市区町村の「支援」が両輪となった児童虐待対応体制となることには大いに賛成です。

 しかしただ1つ、練馬区については早い段階で児童相談所を設置しない方針を表明しています。理由としては、一時保護所を同じ区内に設けることでは児童の安全を確保できないことや、現状の児童相談所と連携を密にすることで十分な児童虐待対応が可能であることを挙げています。児童相談所設置に前向きな区の中でも、予算や人員などの面から設置予定を先延ばしする区が出てきており、市区町村が児童相談所機能を持つまでには険しい道のりのようです。

 また児童相談所の最大の機能である一時保護について、妥当性を欠く職権保護がなされた事例が問題となり、職権保護に法的手続きを導入する動きが出ています。事実誤認を防ぐ目的がありますが、一方で子どもの生命を守るための即時性が失われないかという懸念があります。

 子どもの人権を尊重する意味で、一時保護や施設入所に際しては、子ども自身の意思を聞き取る「アドボカシー」の必要性も課題となっています。長年にわたる虐待により愛着関係が歪んでしまっている子どもに正しい判断を迫るのは非常に難しい技術であり、誰がどのようにアドボカシーを尊重するのかは課題であると言えます。

 職権保護に法的手続きを導入することも、アドボカシーを重視する傾向も、私は基本的には賛成です。ただ、それにより懸念されるリスクもあることは否めません。子どもの生命は一つとして失われてよいものではありません。失敗は許されないのです。だからこそ議論を重ね、十分な体制の整備が望まれます。

 ひとりごと史上最長文となりましたが、これにて閉幕。