ひろしせんせーのひとりごと。

44歳の脱サラ保育士ひろしせんせーが書いています。

長男、不登校になる⑱~エピローグ

長男が不登校になってから2年が過ぎました。

今、長男は高校を卒業後に始めたお弁当チェーン店のアルバイトを続けています。アルバイトの日はいつも、揚げ物の油まみれになったアルバイト先の制服を持って帰ってきます。その匂いは洗っても落ちず、他のものと一緒に洗うと他の服に匂いが移るため一緒に洗えません。

月の始めには生活費として1万円をくれます。その1万円は使わずにとってあり、今月で10万円になりました。長男は働きぶりを評価されたのか、半年ほどしたころ、社会保険に加入することになりました。その後、収入は月に手取りで15万円ほどになったようです。今年は扶養を抜くことになりそうです。

 

「高校を卒業してフリーターをしている」というと、将来不安じゃないか?と言われるかもしれませんが、不登校になり、病院に通い、ドン底を経験した長男を見てきた私からすると、何てスゴイことなんだろうと思います。長男も、昨年とは見違えるように、生きる自信に溢れているようにみえます。暑い日も寒い日も、何日も続けてアルバイトに行く日もあり、そんな姿を見ると逞しさすら感じるようになりました。

 

しかし、長男自身は不安を感じているようです。お正月に何気なく「今年は日記でも書こうかな」とつぶやき、実際に2日だけ日記をつけていました。(1月10日ごろまでに2回だけ日記をつけていました。)日記と言えば、不登校になり始めたころも日記をつけていました。私もそうですが、日記と言うのは人に言えない何かを抱えているときに、その思いをぶつけるために書きたくなるようです。悪いと思いつつも、リビングに放置されている長男の日記をのぞいてみました。

流行りのV-Tuberの話とか、アルバイト先の話とか、他愛のない内容が主でしたが、欄外に一言、「将来への不安から脱却する」と書かれていました。ああ、そうか。私は長男が頑張っていることを嬉しく頼もしく思っていたけど、長男自身はやっぱりアルバイトという身分に不安を感じているのだ。恐らく長男のアルバイト先には中年男性でアルバイトをしている人はいないのだ。長男の中では「真っ当な大人」はみんな仕事をしているものなんだ。長男には「焦る必要なんてないんだよ」と言いたくなりましたが、日記を盗み見したため伝えることはできませんでした。

 

そしてつい先日のことでした。長男と二人になったとき、ふいに長男が「やりたいことってどうやって見つけたらいいの?」と聞かれました。つい1年前はこんなことを相談もできなかったのに、やはり自信の表れか、それとも余程不安を感じているのか。でもこんな大切な相談を自分にしてくれることに、長男が自分をそれほどまでに信頼してくれていることに感激しつつ、その想いに応えなければと思いました。

あくまで私が思う「やりたいことの見つけ方」であって、正解はないと前置きしたうえで、長男にとって「好きと思えること」は何かと聞きました。「好きなこと」と「好きと思えること」は違い、「好きと思えること」は仕事として続けていくうちに「やりがい」へと変化すると思っています。仕事にやりがいを感じたら、多少辛いことでも乗り越えることができます。だから「好きと思えること」「好きになれそうなこと」は何かを考えたらどうかと伝えました。そしてやってみてやっぱり違ったと思ったら、また戻ればいい。何度もチャレンジして、いつか好きな仕事に巡り合えればいいんじゃないかと伝えました。

私自身も40歳を過ぎて転職をして保育士になりました。18年も働いてきましたが、自分のやりたいことととは違ったと思い、リスタートをしました。そんな私だからこそ、少しは説得力があったのではと思います。

長男はただ聞いていただけでしたが、何か心に残るものがあればと思っています。

 

長男は、これからも心配をかけながらも、壁にぶつかりながらも大人になっていくと思います。ときには大きく躓き、再び私の助けを必要とするときがくるかもしれません。私はこの2年間の長男との歩みを通じて、いつも長男が生まれた日のことを思い出していました。長男が生まれたその日、私は長男の親になりました。小さくか弱い泣き声をあげる長男を見て、一生この子と一緒に生きていきたいと強く思いました。赤ちゃんだった長男が大きくなることなど、そのときは想像していませんでしたが、今になってもやはり一生一緒に生きていきたいと思っています。導くでも支えるでもなく、一緒に生きていきたいと思っています。