ひろしせんせーのひとりごと。

44歳の脱サラ保育士ひろしせんせーが書いています。

40歳おじさん保育士になる③

前回「40歳おじさん保育士になる」のタイトルで書いてから2年余りが経過しました。実際に保育園業界に足を踏み入れてから3年が経過した私の現在地について書きます。

 

私は「保育園で働こう!」と思ったときには保育士資格受験中でしたが、資格を取れるかどうかはまだわからない状況でした。そんな人間を保育園で雇ってくれるはずはないと思っていたのですが、事務職の募集があり、保育士としてではなく事務職として保育園で働くこととなりました。幸いにして保育園で働き始めてすぐに保育士資格を取得したわけですが、実際に保育園で保育士の仕事を見ると「保育」という仕事がどれだけ奥深いかがわかりました。乳児で保育園にやってきた子が安心して過ごせるように愛情をかけ、生活リズムを整えられるように工夫をし、子どもの人権を尊重しつつ個性を伸ばせるように支えることを、同時並行して行うためにはたくさんの正解があって、担任保育士同士が話し合って最善の保育を目指す。その創意工夫と努力は外部からではなかなか見えないものでした。

40歳を過ぎた私と同年代の保育士はもう経験20年のベテランです。そんなベテランと肩を並べるには、努力だけでは足りません。私がこれまで培ってきたものや保育園に不足しているものを自分の強みとして出していくことが必要です。そう考えた私は、事務職員として働く傍ら、保護者支援の視点から意見を言い、地域連携の役割を担い、職員の労務や税関係の助言をするなど、地方公務員の経験を強みとして発揮していきました。

そうして保育園事務として2年目のころ、法人の姉妹園の主任職に空きができ、私に声がかかりました。私の働く法人の園では主任は園長に次ぐポジションです。担任保育士経験のない事務職を主任にするなんてこれまであり得ませんでした。そんな声掛けをしていただけたことは嬉しかったのですが、当時長男が不登校で、赴任予定の園は自宅からやや遠かったため、かなり悩みました。家族にも相談し、一度は断ろうかとも思いました。しかし最後は、自分の心の中の「やってみたい」という気持ちに正直になることにしました。

長男のことは心配でしたが、長男のせいにして自分のやりたいことを我慢するのは、かえって長男にとって良くないことだと思いました。とはいえ、法人には3年という条件をつけさせてもらいました。自分にとっての最優先はやはり家族だからです。万が一家族に何かあっても、任期に限りがあれば何とか頑張れると思いました。

 

そして今、私は定員120名の認可保育園の主任保育士となりました。

保育士経験3年、子どもの対応では悩み迷うことも多いです。そんな姿を見て職員は不安になるかもしれません。ですが経験が少ないからこそ気づく不適切もあります。幸いにも園長は大ベテランの頼れる先生のため、園長に教えを請い、不適切を正し、よりよい保育を目指しています。

また、放っておくとブラックになりがちな保育園職場をホワイトにしていくべく、日々働き方を考え、改革しているつもりです。保育園には様々な書類があり、行事があります。それらは子どもを保育している以外の時間に行わなければならないため、本当に放っておくと残業ばかりになります。また、保育園の運営時間は長いためシフト勤務となっています。シフトが決められてからは休みが取りづらいという心理的な圧力があり、有給の消化率は高くありません。子どもから離れる時間を意図的に作り、休暇を取りやすくすることが、主任にできる働き方改革の第一歩だと思っています。

ただ、最も力を入れているのは職員の人材育成とチーム作りです。3年と言う任期を自分に課している以上、3年後を任せられる人材を育成するとともに、自分がいなくても良い園を作っていける体制を作らなければなりません。たった3年でどこまでできるのか、でもやらなければなりません。適材適所の配置をしつつ、ときには厳しい対応をしながら職員を育て、職員同士が力を合わせていけるようなチームワークづくりに励んでいます。

 

そんなこんなで、保育士になって3年目の現在地は、保育士を目指した当初とは随分違う方向へ歩みだしています。保護者支援や虐待予防は主任として当然行ってはいますが、現実的には事案が少ないため園長や担任にやってもらうことが多いです。(もっとも、やはり保育士は「虐待対応」の経験がないため不慣れなのが現実です。)難しい仕事や失敗することも多いですが、やりがいを感じています。3年という約束が守られるのかどうかはわかりませんし、3年後に今度はどんな仕事を任せられるのかもわかりませんが、この経験が私を二回りは大きくしてくれていることは確かです。